女子大生の約10%に尿もれの経験がある—『オニババ化する女たち』の著者・三砂(みさご)ちづる先生が以前行った調査には、こんな結果があったそうです。
尿もれといえば、産後や中高年の女性がなると言われますが、実はけっこう若い人にも広がっている…? ちょっと驚きですね。
日本では戦後、いろいろなものが急速に変化しました。
病院での出産もそのひとつ。戦前は良くも悪くも自宅で自力で産んでいたのが、「病院で医者まかせで出産するようになって、女性は自らの身体性に向き合う機会が少なくなってきた」と、三砂先生は指摘しています。
先ほどの尿もれにしても、日本人女性の身体の変化の表れということでしょうか。
三砂先生は、(社)日本助産師会東京都支部主催の講演会「駆り立てられずに生きる–助産婦への期待」で、助産所で自分のカラダと向き合って出産する女性たちや、それを助ける助産婦さんたち、そして、これから産む若い世代にエールを送りました。
少子化にくわえて産科医不足が叫ばれる今、ぜひ助産婦さんにはがんばってほしいですね! 
以下、講演会の概要をご紹介します。
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■病院出産=他人まかせの出産?
戦前、日本では家で出産することが多かったのですが、戦後、今の70歳代くらいから病院での出産が主流になりはじめました。お産も変わってきて、たとえば、会陰切開をとりあげてみても、それが当然であるアメリカの影響を受けるようになりましたから、日本でも以前には少なかった会陰切開が広く行われるようになったようです。
また病院でミルクの調乳指導などが行われるうちに、母乳をだんだんあげなくなってしまいます。そんな状況の中で、女性は本来持っている産む力・育てる力を存分に発揮できず、自分自身の身体と向き合うせっかくの機会を逃してしまってきた、ともいえないでしょうか。
出産のリスクを下げるためにもちろん医療は必要です。ただ、医療のない時代から人間は子どもを産んできました。その時代には医療はなくてもそれぞれの文化に、母から娘に語り継がれた身体に対する智恵があったのではないでしょうか。人間にとって、医療の知識も、世代を経て伝えられる知恵もどちらも必要だと思います。
今では、自分の言葉でお産の智恵を次世代に語れなくなり、代わりに医学的(権威的)な知識だけを伝えることが多くなりました。家庭で言うことでさえ、医療の言葉の末端だったりします。
長寿で有名な山梨県の棡原(ゆずりはら)村(合併により現在は上野原市)で、1980年代に家族計画協会がお産に関する調査を行っています。交通の便が悪い地域で、長い間、病院もなければ産婆さんもいないにも関わらず、分娩時、新生児や母親の死亡率が低かったそうです。
調査の先生方が、当時、70歳代の方にお産の体験話を聞いてみたところ、みなさんが、「お産は何でもなかった。あんなことなら何人でも産めます」と、こともなげに答えたといいます。どうやら棡原では、子どものころから「お産は何でもない」といわれてきたらしい。そう思っているので女の子はお産に恐怖心を抱かずに育つ。不安がなければお産もスムーズになりやすい、ということは産科医療でも説明されていますね。
逆に上の世代から、「お産は痛いもの、怖いもの」と言われると、実際に出産するときも不安がいっぱい。そうなると、むずかしいお産になりやすいでしょう。棡原の方は「こわがらせない」ことがひとつの知恵であることをご存知だったのかもしれませんね。
中学校や高校の保健の授業でも、会陰切開をして血まみれになった赤ちゃんが産まれてくるようなビデオを見せることがある、と聞き、驚いてしまいました。若い世代のお産へのイメージがよくないのも仕方がありませんね。
初産の人全員が会陰を切る必要はない、とWHOも言っています。切らなければ赤ちゃんも血まみれにならないでしょう。切らなければ産めない、赤ちゃんは血まみれ、と思えば、、お産は怖いもの、リスクの高いものにしか思えなくなります。「なんとかなるよ」という上の世代からの言葉も、また、医療に加えて必要なのではないでしょうか。
■昔は月経血はトイレに流していた
今よりも身体をよく使っていた”昔“の女性(95歳以上くらい)は、月経血をコントロールすることができ、トイレで出していたそうです。
昔は着物の下にパンツをはく習慣がありません。脱脂綿やうすい紙を少し詰めておき、出そうだなと思ったら、トイレに行って腹圧をかけて月経血を出していたそうです。
このとき大切な役割を果たすのが、骨盤を支えている「骨盤底筋」
昔は洗濯や雑巾がけなど、しゃがんだ姿勢をとることが多く、骨盤底筋が鍛えられていたので、月経血も気をつけていればコントロールできたのかもしれません。
戦後、和服が洋服になり、正座が椅子になり、生活スタイルが変わっていく中で、骨盤底筋を意識しなくなりたるんできたのでは?
尿もれも骨盤底筋が関係してくるので、冒頭に書いた尿もれの若年化もこのような事情によるのでしょう。
骨盤底筋を意識できることと、身体の中心がどこにあるかということはどうやら関係があるようです。ダンスやスポーツをする人も、身体のセンターが決まっていますよね。
昔の女性は月経・妊娠・出産を繰り返しながら年をとり、身体の中心の整った、腰のすわったおばあちゃんになっていったのだそうです。
これもまた昔の女性の知恵だったのでしょう。現代の女性でも、たとえば、高岡英夫先生が考案された「ゆる体操」を行うことなどで、月経血コントロールが可能になるようです。
女性が自分の身体に意識を向けるようになると、いろんなことに気付くでしょう。お産の方法をもっと選ぶようになり、たとえば、なぜ会陰切開しなければならないのかと、考えるようになります。そうやって自分の身体を他人任せにしないことが大切ではないでしょうか。(取材 若名麻里)
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(取材者の感想)
三砂先生の講演をうかがってみて、妊娠・出産は、自分が女であることを意識する人生最大のイベントなのだと改めて感じました。
そして、助産所での出産は、1日3時間散歩したり、身体を冷やさないようにしたり、早寝早起きをしたりと、自分の責任で自分の生活を整えることが要求されます(これも昔は母から娘に伝えられていた智恵なのでしょう)。
妊娠・出産は自分のこれまでの生き方を見直す大きなチャンス。今後の人生を豊かに、健康的に過ごすためのきっかけを与えてくれそうです。
でも出産経験に限らず、ふとしたことでこれまでの見方を変えることも十分に可能で、「人間、数時間のうちに変わることもありますからね」(三砂先生)。
私が出産のときにお世話になった助産婦さんによると、数時間で人が変わる、その典型的な例が出産ですよ、とおっしゃってましたが、私はどれだけ変わったのかな…? あまり自覚がありませんが、少なくとも身体が冷えているとロクなことがない、というのは妊娠・出産を通して痛いほどよくわかりましたので、以後、せっせと冷えとりに精を出しています(^^;)
出産のことはおいておき(もう過去に戻れないし)、今の自分に対するメッセージとして、講演で一番印象に残ったのは次のようなお話でした。
ともすると仕事が忙しいのを理由に、じっくり子どもたちの相手をしたり、身体に優しい食事を作るといった生活の基本を後回しにしがち。消費社会の中で駆り立てられるように私たちは生きています。でも、ときには立ち止まって、自らの身体と向き合ってみることも必要ではないでしょうか。
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三砂(みさご)ちづる先生・プロフィール
津田塾大学 国際関係学科 教授。専門はリプロダクティブヘルス(女性の保健)の疫学。著書に『オニババ化する女たち』『昔の女性はできていた』など。