★「3人で行こう!仕事も子どももあきらめない!」インタビューは、【3人の子どもを育てながら、独自のワーキングスタイルで好きな仕事をして輝いている女性たち】を紹介し、その生き方の秘訣を伺うコーナーです。さまざまな理由から、働きながら子供を産もうかどうか迷っている皆さんの、お役に立てれば幸いです。
■「北海道から、育児中の女性がSOHOで働ける環境作りを目指す」
田澤由利さん
株式会社ワイズスタッフ 代表取締役社長。
■本当は一生勤めたかったけど、私は、家族と住むことを選びました。
「田澤由利さん」の名前は、誰もがどこかで耳にしたことがあるだろう。今年6月、内閣府「女性のチャレンジ賞 特別部門賞」を受賞し、マスコミでその活動が紹介されるなど、ネットオフィスの先駆者として名高い女性起業家である。また、北海道の北見に在住し、元会社員のご主人と共に自宅で会社を経営していることでも知られている。長年SOHOスタイルで働いてきた私にとって、テレビなどで時折拝見する田澤さんは、まさしく憧れの女性だ。
その活躍ぶりから、キャリアウーマン然とした方を想像していたが、実際にお会いした田澤さんは、肩の力の抜けた、自然体の笑顔がとても魅力的な方だった。
今でこそSOHOの母と呼ばれる田澤さんだが、もともとは、家電メーカーに勤務する普通の会社員。
「私が大学を卒業した頃は雇用均等法が施行される頃で、女性総合職としてシャープに就職しました。大学のときはスペイン語を専攻していたんですけど、パソコンに出会いその面白さを知ったのが動機です。シャープのパソコンの事業部が奈良で、実家の近くだったし、パソコンの商品企画という本当にいい仕事に出会えたんです」と当時を振り返る。
「女性が働くための制度もしっかりしてるし、ここで一生働くと決めた」田澤さんだが、学生時代からの付き合いのご主人が転勤族という理由から、やむを得ず、会社を退職する道を選んだという。
総合職として一生働こうと決めた会社を退職することへの不安や未練はなかったのだろうか?
「夫の転勤にあわせて仙台に出向させてもらったりもしましたが、数年でまた夫が地方に転勤することになりました。もうこれ以上会社に迷惑はかけられないと感じたんです。本当は一生勤めたかったけど、私は、家族と住むことを選びました。やはり、会社を辞めたことで、社会から切り離されたような感覚になりましたね」。
そこで、田澤さんが、自分なりに見つけた働く方法が、ライターだった。
「パソコン関連のライターなら家でできると思ったんです。ちょうど子供がお腹にいる時期だったんですが、出版社に電話したりと一生懸命営業して、なんとか仕事をとれるようになりました。その時期に、3人の子どもを産んだんです。仕事があるから保育園には預けていましたが、家でやる仕事だからこそ、3人の子どもを育てることができたんだと思います」。
当時は、まだインターネットはなく、パソコン通信のメールを使い在宅で仕事をしつつ、4〜5回に及ぶ「夫の転勤」を乗り越えた。
9年前の秋に、北海道の北見に転勤になったときは、「さすがにもうダメかと思った」と笑う。これまでのように、「ベビーシッターを手配して、日帰りで名古屋から東京へ何とか打ち合わせに赴く」というわけにはいかないからだ。
東京から北見までの飛行機代は、往復で7万円。しかも1日に4便しかない。しかし、折りしも、時代は、インターネットが普及し始めた時期だった。
「ちょうどSOHOが注目されて、うまく波に乗ったんです。名古屋にいる田澤由利より、「北見にいる田澤由利」だからこそ、マスコミ的に価値があがった。気づいたらSOHOの第一人者とか、在宅ワークの母(笑)と呼ばれるようになって。そのうち、いろんな人が私みたいになりたいと相談に来るようになったんですね。あの時期は、ちょうど雇用均等法世代の有能な女性たちが、続々と会社を辞める時期だったんです」。
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■「育児や親の介護などで、多くの女性は働くことをあきらめている。お小遣い稼ぎではなく、ちゃんと稼げる仕組みを作りたい」
しかし、「在宅ワーク」という言葉だけは盛んになったが、実際には、仕事がないのが現実だった。少しの仕事に人が殺到することで賃金が値下がりし、当時在宅ワークの主力だったデータ入力の仕事の品質は落ちていき、悪徳業者さえ出てくるという状況。田澤さんが会社を立ち上げることを決めたのは、この時期だった。
「道具ができただけでは企業は仕事を発注しないんです。せっかくインターネットが普及して能力ある女性が埋もれいるというのに、活路が見えない。育児や親の介護などで、多くの女性は働くことをあきらめている。お小遣い稼ぎではなく、ちゃんと稼げる仕組みを作りたい」と、思いが募っていった。
「ネット上で会社を作り、限りなく会社に近い状態を作りたい」という理念のもとに、ワイズスタッフ という会社を立ち上げたのは、98年のことだった。
「なぜ企業が個人のSOHOに仕事を発注しないかを考えたんです。どんなに安くても、個人が病気になればその仕事は止まってしまう。安くていいとわかっていても怖いんですね。何かトラブルがあっても対応できる小さな「会社」に発注したいというのが現実なんです。
そこで、これからの時代はネットが中心になるし、1人で仕事がもらえないのであれば、力をあわせて企業から発注してもらえる仕組みがあればいい、と思ったんです」。
「まずは、ビジネスの土俵にのぼりたかった」という田澤さんは、ネット上でプロジェクトを組んで仕事をすることで、安くで品質のよいものができると確信。プログラマーやデザイナーなど多様な人材を組み合わせ、企業の発注したい仕事に応えていく場を作った。当初は、入力、メルマガやウェブ制作などが中心だったが、企業のあらゆるニーズに応じてプロジェクトを組み、ブログ制作やネットプロモーションなど守備範囲を広げていった。
「地方に優秀な人材が埋もれていることが多い」と気づいた田澤さんは、現在全国に100人いるSOHOのスタッフを採用する時は、必ず面接を実施している。南は鹿児島から海外まで、双方の妥協できる場所まで必ず会いに行く。ネットで仕事をするからこそ、顔の見えるリアルのコミュニケーションが大切という信念があるからだ。ブレストはテレビ会議で、忘年会はチャットを利用という具合だ。「ネットならではの仲間を育てていきたい」という想いから、組織が大きくなった今も、社内メルマガを毎週発行したり、エリアミーティグを実施したり、絶えず工夫を続けている。
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■「家族がいて、自分が住みたい地域にいて、だからこそ仕事をがんばれる」
こうして会社を順調に成長させてきた田澤さんだが、3人のお子さんがいて会社を経営するとなると、いちばん気になるのがご家族の仕事への協力体制だろう。ワーキングマザーにとってかかせない、ご主人の協力体制について、伺った。
「夫は、昔気質の人間なので、家事はほとんど手伝ってくれないんです(笑)。積極的なのは、保育園の送り迎えぐらい。だから、出張中は家政婦さんに食事などをお願いしています。幸いなことに地方在住なので、家政婦さんの費用も安く、平和に暮らせています。私が家をあけている間、夫に家事を任せてしまうと、彼にストレスがたまってしまうので、割り切っているんです」。
ワーキングマザーというと、家事に仕事にとすべてを抱え込んでしまう人が多い中、田澤さんの発想はきわめて斬新だ。
「家政婦さんにお願いをしているのは、ぜんぜん恥ずかしいことではありません。家庭をうまくまわすためには、みんなにもストレスのない形を考えることが大事。親が忙しくて出来合いの惣菜を食べるぐらいなら、家政婦さんに温かいご飯を作ってもらうほうが家族の健康のためにもいいんです。無理はせず、人にお願いできることはお願いする。その代わり、平日は出張で出ていても土日は必ず家にいて子供と遊ぶなど、人にお願いできない部分については、妥協しません」。
「家族がいて、自分が住みたい地域にいて、だからこそ仕事をがんばれる」という田澤さん。そんな田澤さんに、最後に今後の目標を伺った。
「私自身は、子どもが中学3年、小学6年、3年と、ある程度成長したので、SOHOで仕事をする時代は終わった思います。今やるべきことは、私の昔の状況にいる人のために「家でもちゃんと働ける」会社をつくり、そしてそれを広げること。
現在、ワイズスタッフのメンバー100人に対してそれは実現されているけど、そういう仕組みやシステムを使って、1000人、2000人が働ける土台を作っていきたいんです。単に道具や仕事があるだけではなく、組織化して教育していく。いつかは、その手法を新しい経営学の1つとして、まとめたい。会社を辞めたり、転勤をしたりしても、本当の意味で、SOHOで働ける環境を作り、世の中を変えていくお手伝いをしたい」と熱く語る田澤さん。
地方に暮らしてみて、あらためて地方のよさも実感したという。
「人間らしく生活できて、余計なストレスがない。おいしいものを食べて、週末は家族と思い切り遊ぶ。毎日満員電車で1時間ゆられて都会で生活するのは違うかな、と」。
地方に行くと同じ1000万円の収入でも、贅沢をしなければ、都会とは生活の豊かさが違ってくる。「地方にいながらネットで300万〜400万を稼げる環境を作り、全体を底上げしていきたい。そうすると、地方も元気になるし、人も元気になるんです」。
「ロハス」や「ワークライフバランス」という言葉が注目されるずっと以前から、自らが地方に暮らし、ネットオフィスという先端的な試みを実践し続けてきた田澤さん。
私も、田澤さんを目標に、しかし自分独自のスタイルで、しなやかな生き方を見習っていきたいと強く感じた。
(取材 常山あかね)
●●プロフィール田澤由利さん 株式会社ワイズスタッフ 代表取締役社長。奈良県生まれ。3女の母。
■3人のお子さんがいてよかったことは?
3人が何かをしているのを見るときが、一番幸せ。とにかく頭が並んで3つあるのが幸せかな(笑)。それぞれの個性があり、人間関係があり、見てるだけで幸せな気分になれる。
育てるときは大変だったけど、人として色々できるようになると、面白い。
私は学生時代卓球をやっていたので、子供を産まなかったら、子供が部活動でやっている陸上やバスケットなど、色々な世界を知らなかった。人生をまた3倍楽しめる。苦しみも悩みも出費もあるけど(笑)。
私は、子どもが大好きで「子どもが第一」というタイプの母親だけど、昔は、子どもを産まずに一生働きたいと思っていた。でも、実際に産んでみて、その素晴らしさに気づき、今は子供たちに感謝している。
■家事・子育てと仕事の両立で意識していること
みんなが無理をしない状況を作ること。無理な家事を無理にすることはないし、
食事の支度やお弁当作りに縛られてカリカリする必要もない。
私自身、家事は苦手だから外注しているけど、子どもと遊ぶことは大事だと思うし、
愛情をそそくごとには手は抜かない。平和に仕事と家庭を両立するための努力をしていきたい。
北海道に住み着いたのも、自然に恵まれた地域で子育てをしたいという思いが大きかったから。最初の2、3年は、家族の思い出づくりに励んだ。女の子3人なので、出張で授業参観に行けないときなどはグチもあるが、私の仕事については大体理解してくれているし、親に愛されていることには自信があると思う。
■これまで仕事をやってきて一番嬉しかったこと
2人目の子どもを産むスタッフが、産休をとるときに、「ワイズスタッフで働いているから、もうひとり子どもを産もうと思った」と言われたとき、幸せを感じた。
私が会社をはじめたことのベースは、「埋もれている人材に、ネットで仕事をしてほしかった」ということ。でも、8年前とあまり状況は変わっていない。家族が一緒に住めるために、新しい選択ができる働き方を普及させたい。それが間違ってないと感じられるときが一番幸せ。
■ワーキングマザーやこれからワーキングマザーを目指す方へのメッセージ
仕事と子育ての両立は大変。無理せず、自分のできることを100%やるほうが結局はうまくいく。悩んで停滞するより、どうやったらできるのかを考えていくことが大事。
がんばりすぎて体を壊さないように、要領よく!
ある友人は、私の生き方を「しなやかに生きている」と言ってくれた。壁にぶつかったときに、壊すことばかり考えたらしんどい。横に抜け穴がないか考えたり、壁のそばに家を建てて住んでしまってもいい(笑)。働きながら子育てできることは幸せであり特権。いろんな選択や抜け道があるから、無理せずがんばってほしい。
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