“新鮮なフルーツをつかった手作りケーキ”と控えめな字で書かれた貼り紙に惹かれて入った古い果物屋さん。
「果物にだって、残留農薬が基準値を超えているなど、報道されていないだけで、色々あるんだよ。流通経路は守らないといけないしね。でも長いこと学校給食用に果物を納めていて、自分でも子どもを育てあげて、危ないものを子どもたちの口に入れさせるわけにはいかないの。だから、私は信頼できる生産者に直接安全性を確認するために電話したりもしているんだよ。」と話してくれた果物屋の女主人。
子どもは自分で食べるものを選べません。給食にしろ、お弁当にしろ、そして家庭での日々の食事にしろ、大人がつくって、出したものを信頼しきって口にいれています。その子どもたちの信頼を裏切るまい、安全なものを食べさせてあげたいとまじめに頑張ってくれている人たちがこんな風にひっそりといます。
その一方で目先の利益にとらわれて、生命の源である「食」の本質を大きく見失ってしまっている大人がいます。


コンビニエンスストアやスーパーの発達で、おなかがすけば簡単に食べ物が手に入る時代。食べ物のありがたみが昔よりずっと薄れているのも事実でしょう。
生産者や、食品表示を信頼して食材を購入するしかない私たちができること。
それは、子どもたちに「食べるということは自然の恵みを分けていただいているのだ」ということ、そして「この食べ物を届けようと一生懸命働いている人たちがいる」という意識をまずは育てることかもしれません。生産者だけでなく「食」の仕事にかかわるすべての人々の励みや誇りにもつながっていくような「食育」。それが「食の安全」が大きく揺らいでいる日本の現状を変えていく、小さいけれど確かなパワーになってくれると信じています。
さてお目当てだったイチゴ入りロールケーキ。先の女主人の息子さんが乳化剤・防腐剤などを一切使わず、生クリームと素材の味だけで丁寧につくった逸品。
クーラーボックス持参で買いにきている方もありました。持ち歩きの時間が長いお客様には購入を遠慮してもらうこともあるそう。保存料等を使わないからこその徹底ぶりです。
「息子は調理師でアメリカに行くことになっていたのに、友達のケーキづくりを手伝ったら、パティシエのほうが面白くなっちゃったみたいでさ。ここのフルーツをつかって安全なケーキを作るんだ!ってこんな古くて狭い店にケーキを置いているのよ」。
そのケーキたちはライトに照らされておすましして並んでいるわけでも、けっして華やかでもないけれど、女主人の子を想う母の願い、そしてその想いをしっかり受けて育った息子がつくりだす信念のつまったケーキでした。
小さいけれど、確かなこと。その積み重ねがすべてなのかもしれません。